藤沢医院

藤沢医院通信blog

“天野篤先生”の『最終講義』

 今回は、9月19日にNHKで放送されました、順天堂大学の特任教授であられる心臓血管外科医“天野 篤先生”の『最終講義』について書きたいと思います。なお、NHKのオンデマンド配信で視聴可能ですので、興味がある方はご覧になってみてください。
 この講義は、天野先生の母校である日本大学医学部の講堂で撮影されたものです。また、当院にも天野先生の著書が1冊並んでいますが、上皇陛下の心臓バイパス手術に関しては、この通信でも書かせていただきました。
 講演のテーマは、“俺みたいになるな”・・・。はて?なぜ“俺みたいになれ”ではないのでしょうか?その答えは講演の最後の方で語られました。
 天野先生は現在御年70歳、昭和58年に日本大学医学部を卒業され、現在でもベトナムやインドの医療へき地で、人工心肺(血液を体外で循環させて人工的に心臓と肺の役割を果たす)を用いない手術の普及活動を実践されているとのこと。私が医師になったときは、人工心肺を用いて心臓の動きを止めてバイパス術を行うのが当たり前でした。なぜならば、心臓が動いたままで1~2.5mmの血管の吻合するのは、至難の業だったのです。天野先生は、オペが成功したにもかかわらず失ってしまった患者さんの原因が、人工心肺による体への負担の大きさと考え、これを用いない“オフポンプ手術”への転換をいち早く手掛けたとのことです。この手術は、スタビライザーという器具を心臓に押し当てて動きを最小限にとどめる、そう、完全に心臓の動きが止まるわけではないのです。私も外科医ですから申し上げますが、縫合するときに針が少しでもズレたら“アウト”なのです。“ズレる”=“血管に小さな裂け目ができて、血液が漏れる”ということは、決して起きてはいけないことなのです。一度の手術で、この操作を何十回も行います。先生の眼は、心臓が止まっている瞬間が見えるから、その瞬間に針を通すとのこと。川上哲治の『ボールが止まって見える』と同じ境地?これを天野先生は年間500例近く、37年間で1万例の患者さんに施してこられたのです。
 2012年2月18日に、東大病院において当時の天皇陛下の心臓バイパス術が、当時56歳の天野先生執刀の元行われましたが、宮内庁から手術依頼を受けたときに、先生は『私しかいない。』と思ったとのこと。術後の会見で、『手術は成功しましたか?』という質問に対して、『陛下が通常のご公務に戻られた時点で、初めて成功したと言えると思います。』とのコメントを出されました。術後3か月でイギリスのエリザベス女王を訪問するという、とても大きなご公務が控えていたのです。
 陛下がご公務に復帰された際に、『お仕事を減らしますか?』という記者の質問に対して、陛下は『公平の原則から、術前と同じように職務を全うする。』とお答えになられました。天野先生は、この“公平の原則”というお言葉に対して深く考え、社会的に地位の高い患者さんが自分に集まる現状を改めたとのこと。それからはお酒も絶ち、緊急性が高い患者さんの手術を自らが率先して執刀するようにしたとのことです。これが、“俺みたいになるな”の答えだったのです。
 天野先生のお言葉、『“医者”対“患者”は、“人間”対“人間”であり、対等である。』、私はこの言葉を教訓として胸に刻みたいと思います。

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