藤沢医院

藤沢医院通信blog

忘れられない患者さん

 今回は、第6回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)について書こうと決めていたのですが、大谷選手が率いるジャパンが準々決勝でベネゼエラに逆転負けを食らったため、急遽話題を変えて書きたいと思います。

 先日、国立長寿医療研究センターにおいて、同病院・あいち小児保健医療総合センターの先生・大府市および東浦町の開業医の先生が集まる場で、当院の診療についてお話する機会を得ました。私は、『乳腺診療』と『生涯忘れられない症例』を中心に話をしました。

 私が忘れられない患者さん・・・・。沢山いますが、その1例をここでお話します。

患者さんは60代の女性。始まりは、近隣病院からの1本の電話でした。救急患者さんが心肺停止になったが、心臓マッサージで回復したので診てほしいとのこと。当時勤務していた順天堂練馬病院の救急部は、快く引き受けました。搬送されてきた患者さんは、意識不明の重体。搬送後に2度目の心肺停止に陥り、ドクターの懸命な蘇生処置で、再び心臓は動き始めました。腹部はパンパンに張っており、下血の兆候である多量の黒色便を認めました。人工呼吸を行いながら、レントゲンやCT検査を行ったところ、胃か十二指腸に穴が開いて腹膜炎を合併していることが判明。採血をすると、貧血を表すヘモグロビンは2.5(男性は14~16、女性は12~14が正常)と重度の貧血を認め、加えて重症の肝不全・腎不全を合併していました。その日は日曜日で、私は後輩から呼び出されたのですが、恩師である児島院長に電話すると、『そんなの手術したらダメだ!』と言われました。皆さんはびっくりされるかもしれませんが、私にとっては当然の返事でした。手術中に命が絶たれるかもしれない、あるいは手術したことで命を縮める可能性が高い手術を、最高責任者である院長がO.K.と言うはずがありませんでした。

 私はとても緊張した面持ちで、30代の息子さんと面会しました。息子さんの希望は1つ、『死んでもいいから、手術してほしい。あきらめられない。』でした。医学的にいう“多臓器不全(多くの内臓が傷ついて正常な機能を失っている状態)”でしたので、まさにイチかバチかの手術です。今まで何千回経験した術前説明の中で、最も厳しい話をしましたが、息子さんの気持ちは変わりませんでした。麻酔科の先生も麻酔をかけてくださると言ってくださり、救急部の先生は、術後の集中治療室で行われる治療は任せてくださいと言ってくれました。私は意を決して、院長に再度電話をしました。『息子さんが“死んでもいいから、手術してほしい”と言っておられるので、手術をします。』

 お腹を開けると、血液と腸液で濁った腹水が大量にあふれ出ました。そして、十二指腸に親指が余裕で入るほどの大きな穴が開いていました。この十二指腸潰瘍の穿孔が、重度の貧血と心臓を止めてしまった要因です。胃を2/3切除して吻合、手術は無事に終了しました。

 術後の経過ですが、9日目に人工呼吸器が外れて、初めて患者さんの声を聞くことができました。19日目には、水が飲めるようになりました。36日目には歩行訓練を開始し、なんと52日目に『大変お世話になりました。』とお礼の言葉を残して、自分の足で歩いて退院したのです。私にとって、最も忘れられない手術となりました。私がここから得た教訓は、『医者が勝手に患者さんの命をあきらめてはいけない!』です。

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