藤沢医院

藤沢医院通信blog

熊による人身被害について

 今回は、全国で毎日報道される熊による人身被害について書きたいと思います。今年に入ってから熊に襲われて亡くなられた方が、既に12名を超えましたが、急襲の98%が人里、つまり人間の居住圏で起きています。『盛岡市の岩手銀行本店の中を熊が走っている。』『数キロ先の岩手大学で熊が現れ、休校になる。』など、市街地のど真ん中に熊がいるなんてどういうことなのでしょうか?  

 私が特に衝撃を受けたことがあります。岩手県北上市の温泉で露天風呂の清掃をしていた60歳の男性が、ツキノワグマに襲われて亡くなりました。被害者の笹崎勝巳さんは、プロレス界では有名なレフェリーをされていた方で、もちろん体格も170㎝でがっちりした体格の方でした。プロレス好きの私には、これだけでも十分衝撃なのですが、数日前にその温泉を訪れていた知人から駆除された熊が仰向けで大の字に横たわる写メを見せてもらったのです。なんと横にいる人間と比較しても、明らかに2m以上で300kgはあろう大きさだったのです。私はとっさに『これ、ヒグマですか?』と彼に質問。彼は『いや、ツキノワグマです。首に白い三日月がありますよね。』確かによく見ると、ツキノワグマ。私が認識しているツキノワグマの大きさは、せいぜい100~150kgくらい。とてつもない大きさに、びっくりしてしまいました。  

 秋田県では鈴木県知事が、小泉防衛大臣に自衛隊の派遣を要請しました。現時点で被害件数が最も多い秋田県ですが、複雑損傷を受けた被害者の治療を行う中心が、秋田大学医学部付属病院です。同院の中永先生のお話ですが、受傷部位の90%が顔面、70%が腕、60%が頭部、40%が脚なのだそうです。自己防衛で腕を出すため腕に受傷するのはわかりますが、なぜ顔面がこれほど多いのでしょうか?先生の話によれば、熊は敵と対峙した時に、自らを大きく見せて相手を威嚇するために二本足で立ち上がり、一撃を振るう高さがちょうど人間の顔の位置になるのです。CTを撮影すると、重い鈍的外傷による複雑骨折や粉砕骨折に加えて、鋭い爪による鋭的外傷も加わるため、感染症の予防がとても重要になってきます。  

    私は年間20件以上の犬や猫に咬まれた傷の治療を行います。動物の牙は当たり前ですが、鋭くて細菌がたくさん潜んでいます。深い傷であれば、ほぼ100%化膿するため、強い痛みと発赤・腫脹を伴い、心臓に向かってムカデが這うように赤みが拡がることもよくあります。牙が骨に当たって骨膜炎を併発した場合は、刈谷豊田総合病院の“手の外科”の専門医に紹介して、手術をしてもらうことも何度かありました。それに比べて熊の一撃は想像すらできませんが、粉砕骨折に加えて、内臓にまで爪が達するため、生命に関わる危機的な外傷と言えるでしょう。  

 今までに私たちが認識している熊被害の報道は、餌が少ないがゆえに冬眠前の熊が人間の生活圏まで下りてきて、たまたま鉢合わせするというものでしたが、今年の異常事態は明らかに異なります。このような熊被害の背景には、近年の狩猟規制強化による熊の個体数増加も大きな要因として挙げられます。過去には熊の狩猟が各地で行われていましたが、絶滅危惧や生態系保護の観点から狩猟制限や禁猟期間が設けられるようになりました。その結果、熊の生息数は年々増加し、餌場や縄張りを求めて人里へ出没するケースが増えているのです。  

 本日、政府間レベルで初めて熊被害に対する会議が開催されました。各省庁の担当者が集まり、全国的な被害状況の把握や、今後の対策について協議が行われましたが、警察に対しても特別措置が取られました。これまで熊の駆除は主に猟友会や専門の狩猟者に委ねられていましたが、緊急対応が必要な場合に限り、警察官にもライフル銃の使用が許可されることになりました。この措置により、住民の安全確保や迅速な被害防止が期待されていますが、果たしてどれだけ機能するのでしょうか?  

    最後に、ヒグマが各地に生息する北海道の専門家の言葉を添えます。『熊は、日本に生息する最大の猛獣。熊は変わっていないが、人間が変わった。地元の住民はそんなことをしないが、観光客は近くまで寄って写真を撮ったり、時には餌を与える人もいる。昔は熊が人を恐れていたが、人間が熊との距離を縮めた結果、人を恐れない個体が増えてしまった。知床で26歳の男性を死亡させた熊は、地元では有名な人を恐れない母熊だった。』

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