藤沢医院

藤沢医院通信blog

人類最古の外科手術

今回は、人類最古の外科手術に関するニュースについて書きます。

私は現在9割以上の仕事を内科系として行っておりますが、心はいつでも“外科医”です。

 さて、昨年の9月にオーストラリアのある大学らのグループが、インドネシアのボルネオ島で発見された約3万1000年前の子どもの足の骨を調べたところ、最も古い外科手術の可能性があると発表しました。同グループによると、この骨は子どもの頃に左足を切断された後、何と6年から9年生存していたというのです。

 その子の切断された足の骨は、きれいな切断面を示していました。切断面の状態から、他の動物にかみ切られたり事故で切断されたのではなく、その子がまだ生きている間に人為的な手段で切除されていた可能性が高いそうです。今まで知られていた最古の外科手術は、フランスのパリ近郊にある石器時代の遺跡から発見された約7000年前の農民の腕の切除だそうです。したがって外科手術の登場は、農耕文明が始まり、金属製の道具が発明されてからのことと考えられてきました。人類が青銅器や鉄器を使い始めたのは5000年くらい前からなので、3万年前はまだ石器時代です。ちなみに、縄文時代は石器時代であり、日本で鋳鉄を作る技術が確立したのは、古墳時代の6世紀頃とされています。

現在でも四肢の切除手術は、麻酔、止血、感染症の予防など、高度な医療技術が求められますが、石器時代の人類は植物の成分や石器などを使い、子の命をつなぐために何らかの理由で足を切除し、その手術は成功したのだと思われます。抗生物質も当然ない時代に、よく傷を化膿させずに治したのだと感心してしまいます。いずれにせよ、現在のメスのような金属製の道具がない石器時代に、彼らは何を使って外科手術を行っていたのでしょうか?

 石器時代もいくつかの段階があり、石器も打製石器から磨製石器へと発展し、鋭利な石斧や弓矢などが作られるようになっていました。こうした刃物には主に黒曜石(こくようせき)が使われ、考古学の分野では黒曜石の流通や産地からの広い交易ルートがありますが、実際にこの地方においても黒曜石が流通していたようです。

 ラットを使った実験では、黒曜石の刃でつくった傷のほうが傷跡は小さく、治癒する際にできる肉芽は金属製の刃より少なかったそうです。もちろん、アメリカも日本の厚生労働省も、黒曜石を医療用メスとして認可していませんが・・・・。

 石器時代の外科手術に黒曜石がメスとして使われていたかどうか、まだはっきりとわかっていません。しかし、当時の人類は金属がなくても医療技術を確立していたのは事実のようです。黒曜石という道具が、広い範囲で流通し使われていたとすれば、その道具を使った技術や知識も広く共有されていたと考えられます。今でもその切れ味が高く評価される黒曜石が、縄文時代を含む石器時代の外科手術で使われていた可能性は高いでしょう。

 私はこのニュースを見て、一外科医として壮大なロマンを感じました。そして、西暦79年にイタリアのポンペイで起きたヴェスヴィオ山の大噴火で火砕流によりできた遺跡を思い出しました。19世紀に考古学者によって発掘された遺跡からは、人民や動物が亡くなったままの状態で石膏により再現され、外科医の家からはきれいに保存されたメスやハサミなど仕事道具の入れ物がそのまま発掘されたのです。

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